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まつりのごっつお そのA・ダラのアズキ
もういくつ寝るとー、まっつりだまつり〜♪
と、私にもこんなに指折り数えて祭りを楽しみに待ち望む、外見も性格もかわいらしい時代があった。
そんな春のある日、祭りの準備にいそしむ私の祖母が、赤飯に入れるアズキを準備しながらこう言った。
「わいが、アズキ煮りゃー、良いがになろうぞい」
「えーなんでえ?」
こう聴く私に祖母は、
「アズキってな、再々蓋とって見てみたり、しだいて(早くに)火から降ろすというと、芯が残ったり固とうなったりして良いがには煮えん。
わりみたいなもんが煮ると、忘れてダイカラ(全く)蓋も取らん見―もせんとおりゃ、フカフカの良いがに煮えよう(笑)」
「へえー」
そうか、わたしみたいなダラな忘れんぼうで、不精な人間こそが、アズキ炊きに向いているのか。
そうかそうか、ばあちゃんはいいことを教えてくれた。
私は宿題の日記に、そのくだりをひと通り書いた。
次の日。担任のK先生は、
「忘れんぼうはいけないな。それにしてもゆっけのばあちゃんて、楽しくて、おもしろい事を言う人なんだね」
という返事を書いてくれ、「とちの実」(今でも発行されているかどうか判明しないが)という五箇山地域に住む小学生の文集に、それを紹介されるとおっしゃったのである。
さて、何ヶ月かたったある日。各家庭に「とちの実」が配られた。
家に帰った私に、ばあちゃんが、
「わり、こりゃ何を書いちょるがじゃー」
と、私を叱る。
当然、「ダラのアズキ」も、皆さんに読まれるワケである。語るに、巷の保護者あるいはばあちゃんたちから、
「あんにゃ、カワイヤわが孫つかまえて『ダラ』じゃのって、ひどいババさじゃ」
と、かように非難轟々であったらしい。
私や、日記を文集に推薦した担任の先生としては、孫とババさのおちゃめでほほえましい会話の様子を、紹介したに過ぎなかったのであるが、世間さまからはすっかり「ヒドイ事言いのババさ」のレッテルを貼られた、ばあちゃん受難の一件になってしまったのだった。
4世代同居の中で育った、いい思い出の中のひとつ、孫に語るわかり易い教訓・おばあちゃんの生活の知恵なのだ。
今でもたまに、というかしょっちゅう鍋を焦がして姑に高い声で叱られる30歳の私であるが、それに限らずやっぱり我が子や孫にも、物事をわかりやすく例えて語り、聞かせられるみっともない、もとい、「賢いババさ」になりたいと思う。
でも、ばあちゃん御本人様(79)からは、今でも赤飯ごとになる度に、
「わりが昔よー「ダラのアズキ」を書いてナー、オラが恥かいてなー」
と、笑いながら恨み節を浴びせられるのである。
ばあちゃん、ごめん。
文章:@ゆっけ
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