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「おばあちゃん」のこと
前号、おばあちゃんたちに方言を聞いてみればーと述べた。
ただ、昔のことを聞こうとしても
「今のシャバが、あんまり良(よ)―すぎてよー、わかいショーに言うてもダイカラなーモ、合点がいこまいで」
と、どこか哀しそうに、笑顔を見せるだけの事が多い。
私らには知りえない、ご苦労が数多くあったのだ。
特に、皆さんお年を召せば召すほどに、手を合わせ、毎朝毎晩、仏様に祈る。
お念仏を唱え、「アーァモッタイナイ」としみじみ頭べを垂れる。
人生は全て周りの言うとおりに、「自分」は前に出すことなく、親を追うて、主人に仕えて、我が子の成長を楽しみに、強く、辛抱強く生きてきた、それが、五箇山らしさの源、おばあちゃんなのだ。
あるおばあちゃんの話をさせていただこう。
このおばあちゃん、ひところでいう「五箇山の名物ばあちゃん」であった。
亡くなってはや20年以上がたとうとしているが、未だ私の記憶、いや人々の記憶に鮮明に焼き付く、強烈な人であった。
まず、何故名物かという事であるが、そのおばあちゃんは、庄九郎食堂というちいさな合掌造りのお茶店を開店したのが40年前。
食堂の傍ら小さなおみやげ物の店番をしながら、五箇山にやってきたお客さんに、頼まれるまでもなく、ささらを振って、こきりこを唄ってもてなした。
五箇山には古くからこきりこ以外にも様々な民謡があって、その中に「マイマイ」という唄がある。
それの歌詞を、こきりこのメロディーに置き換え、面白おかしく、歌って聞かせたのだ。
世間渡るときは 豆腐で渡れ
まめで しかくで やわらかで
うてうれしや 別れはつらい
おうて別れが なけりゃ良い
その他にも、俗に「オトナの世界」的なもの、「嫁と姑とは・・・ま、そんなコンナもんじゃ」というもの等など、実に楽しく、時に鋭く世間を歌ったものである。
おばあちゃんは、若いうちから行商などをして8人の子を育て、様々な人と交流があった。
今風で言うと「濃いキャラ」。
と、いえばそれまでであるが、商売は夢占いに、見合い話は直感独断。相手はともかく「我が身のインスピレーション」で、と「縦横無尽」に五箇山をそして人生を生き抜いた。
名物ばあちゃんとして、没後20年たっても、まだ訊ねて来る人がいるくらいである。
御存命なら、101歳、ワンオーワンである。
「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」
縁談を薦めるおばあちゃんのコロシ文句であった。
―最初から相手が時分に合うと思うなよ、ひとまず縁のもんじゃと思うて、添うてみなさい。―
幼児老人弱者虐待のニュースが甚だしい現代の世相には、そんな言葉の意味すらも、きっと通じないのであろう。
ともかく、そんなおばあちゃんは特別な存在であって、みんながみんなそんなキャラではないということだけはお断りしておきたい。
ただ、ご本人としては、自分は人より特別な事をしていると、自負の下にいたわけではあるまい。
お客さんを楽しませたい、五箇山の良い思い出を持ち帰るお手伝いをしたいと思っただけなのであろう。
今おばあちゃんがもし現役でまだささらを振って、
―しゅーうと、しゅうーと…
ナーくなよよーめよ…
・・と、店先で唄っていたとしたら、
いや、きっと今でも唄っている。
私には見えないが、そのあとからあの世に旅立ったお仲間ばあちゃんたちと共に、こきりこの里を見守りながら、“唄うてござる”と思う。
文章:@ゆっけ
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